■ 虚考、うぃる。【Mixed Media Arts Production CATTER'Z EYE & Harasawa Gukken weblog】 ■

The Times They Are A-Changin'

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「うら若き頃、アイデンティティーの獲得に失敗したぜーッ!」と思ってる人、読者にいないだろうか?

 

というか、おそらくいるであろうから書いているっていうね。

 

実は自分もそっちのクチで、正確には「自分の欲求が自分で見えにくい」タイプだった。優等生的で流されやすくって感化されやすいタイプ。ダークサイドな言い方すると、ほどほど日和見で利に聡いイエスマン体質。

 

ほら、いるでしょう、リーダーとするにはかなり心許なくて腰低すぎるけれど、参謀とかサブリーダー的な立場だとそこそこバリバリな感じの奴。ね。後ろめたいことないのに書いてて嫌な汗出るね、嗚呼、子分肌。

 

 

で、そこそこ人に褒められるくらいには無難に生きてきたわけなんだけど、歳を重ねて若干ドロップして、擦れた知恵とかコンクリートジャングルでの生存感覚、銭が身についてきたら、薄ぼけてたはずの自分自身の核のようなものが急に見えてきたんだよね。 

それは「もっと勉強しとけば」じゃないんだ、「も~ちっとイカした青春やっときゃよかった!」とか、「やりたいことのために道外れても良かったのかも」という、いわゆる『遅れてきた思春期』みたいなアレな状態! ひえぇ~。つっても職場の窓ガラス壊して回ったりはしなくて、顔中にマーマレード塗りたくり裸でその中を歩いていくくらい(ウソ)。

 

 

そういうすっとこどっこいな回り道をもがき泳いだ末に、映像制作という自己証明みたいなものをつかめたのは本当に幸いだった(絵の基礎を学んだことも役立った・・・)。

 

おかげで築いた人間関係やキャリアを崩す覚悟で、似合わない「NO!」を何度かぶっ放したりもして、この数年ほどは風来坊のように出会いと別れを繰り返した。かつての仲間たちも驚くほど散り散りになってしまった。人生つくづく一期一会だと痛感させられる。一度離れてしまったら、それが結構最後のようだ。覚えている限りの人々の顔が、時折脳裏に瞬いてはぼんやりと薄らいで。

もっと気さくに接すればよかったな~と心底悔やみ始めたのは、つい最近からのことだ(それでも、いつだって気兼ねなく声をかけてくれ)。

 

捨ててしまったものは大抵戻ってはこない、でも失くしたものなら不条理の果てにかえってきたり、結びついたりすることだって稀にあったりもする。エドワード・モーガン・ブレイクとサリー・ジュピターのように。

 

 

強くならなければとかつてないほど想う。

そして誠に人に親切を・・・。

 

 

時代も人も、ゆっくりと、しかし着実に変わるものね。

 

 

その変化の先に、各々の幸せはあるの?

 

あってくれよ。

不運と同じ程度には。

 

 

せめて願う、タフで残酷なこの世にちょっぴり幸を。

出会い分かれたすべての人々に、ディランの歌声で祝福を。 

 

 


Bob Dylan The Times They Are A Changin' 1964 ...

 

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